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Zero Landmine |
ぼくが地雷の問題に関心をもったのは、そんなに前のことじゃない。生前、ダイアナ妃がアンゴラまで出かけて、対人地雷廃絶を訴えていたのは何となく知っていた。ICBLという組織がインターネットで活動を拡大し、ノーベル平和賞を授与されたことも知っていた。しかし、この地雷の問題に深く動かされることになったきっかけは、某TV番組だった。それは、地雷撤去中に片手と片足を失った白人の男が、地雷の問題について自分の母校で、子供たちに教授するというものだった。その中で、白人の男は義手義足でフルマラソンを走っていた。ぼくはそれを見ながら、この白人男性の不屈の精神に感嘆した。キリスト教の福祉の精神がその男の精神力の支えであることは明白だった。その男はクリス・ムーンというスコットランド人だった。そのクリスと共に、彼が片腕と片足を失った、モザンビークのまさにその現場に行くことになるとは、夢にも思わなかった。クリスを通して、地雷という武器が「平和を知らない」いかに残酷なものかということ、その被害がいかに人々の生活をどん底に落とし入れるか、ということを学んだ。ぼくはラッキーにも最高の先生を得たわけだ。クリスに接して、この男の精神と肉体の強靭さに、ぼくは舌を巻いた。
地雷問題と音楽をどう関係づけるか?とりあえず、大きく地雷の被害にあっている国の地図を見る。朝鮮半島、カンボジア、ボスニア、アンゴラ、モザンビーク・・・。家にあるそれらの国々のCDを聴いてみる。ネットで検索してみる。本を注文して読む。いろいろなことを頭にインプットしながら、全体がどのような音楽として成立できるのか、想像してみる。音楽は様々だ。一つに国にもいろいろな文化があり、いろいろな民族がいて、言語や音楽も異なる。ましてや地理的にも離れた場所の音楽を一つに同居させるのは難しい。それぞれの文化がもつ固有性を壊してしまうことになりかねない。音楽がほぼ形をとった現在の時点でも、果たしてそれが成功しているかどうか定かではない。どんなにこちらが「誠意」をもって固有の音楽を扱っても、どうしても内から見れば「外から」標本化していると聞えるはずだ。搾取は誠意で救われるわけではない。しかし、そのような違和を感じているはずの音楽家たちがたくさん参加してくれた。地雷廃絶は、世界から武器を一掃し、武力で問題の解決を図るという時代遅れな行動をやめるための一歩だ、というダライラマ法王の言葉を、それらの音楽家たちも共有してくれたのだと思いたい。
結局、音楽はイヌイットの少女の素朴な歌から始まり、まるでアフリカを出たモンゴロイドの旅の半分を逆にたどるように、朝鮮半島を通り、カンボジア、インド、 チベットを抜け、ボスニアでヨーロッパをかすめ、アフリカのアンゴラに行き、人類 発生の地、東アフリカに位置する「大地溝帯」の南端、モザンビークに達する「音楽の旅」になった。もちろん世界にはこれ以外にも地雷に関係する国はたくさんある が、単なる貼り絵細工に終わらないための選択だった。旅の終わりに、たくさんの音楽家による合唱で音楽は終わる。いろいろ考えて、長年の友人であるデビッド・シルヴィアンに「子供でも歌える、シンプルで優しい詞を書いてくれ」と頼んだ。二、三日して送られてきたものは、普段の難解なデビッドの仕事からは想像もできない、シンプルで優しい詞だった。彼の暖かい心に感動した。その詞を村上龍に送り、日本語に訳してもらった。もう20年も顔を合わしていないクラフトワークからは、ネットを通して「Zero Landmine」というサウンドロゴが送られてきた。ブライアン・イーノ は「任せてくれ」という謎の言葉を残し、ひとりで作業していた。音の到着が非常に楽しみだ。初めて仕事をした人もたくさんいた。ナンプーラで出会った若いバンド、 アンゴラの内戦を逃れてリスボンに住むヴァルデマー・バストス、アジェンという想像を絶する楽器をぼくに紹介してくれた金徳洙と利恵さん、日本の優れたヴォーカリスト達・・・。
このCDが売れることで、確実に地雷が除去される。そのようにお金の流れを明白にしたい。除去されていく状況を確実にWEBで伝えたい。地雷だけではなく、20世紀の負の遺産を次世代に残してはいけない。富や権力や宗教の為に、人が殺されることのない世界を望むことは、果たして青くさい妄想なのだろうか?妄想だとは思いたくない。ぼくたちがそう望めばそれは実現するはずなのだ。全ては「希望すること」からはじまるのではないのか?
Halo TrustなどのNGOの活動で、世界から確実に地雷が一つ一つ除去されていっている。ぼくがモザンビークで見せてもらった大きな地図には、地雷がまだ埋まっていると思われる地点を示す赤ピンと、除去された場所を示す無数の青ピンがささっていた。あと5年でこの国の全ての赤ピンは青ピンに変わる予定だ。地道だが確実な希望が、ここにある。
坂本龍一
2001 03 18
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